『分煙壁新聞』第27号/分煙堂本舗・分煙社会をめざす会/2001年5月 ■たばこ病訴訟第16回口頭弁論が4月24日10時、東京地裁で行なわれた。荒木照夫原告 団長・三瀬勝司原告(第二次/下咽頭癌・69歳)と弁護団9名が出廷し、原告側の津田 敏秀証人に対する尋問が行なわれた。[人定質問・宣誓の後、山口弁護団事務局長によ る尋問](寺尾洋裁判長・花村良一判事・平井直也判事) ◆裁判長=専門用語ははっきりと、説明しながらお願いします。 ◆津田証人=[山口弁護団事務局長の質問に答える形で]岡山大学大学院の医歯学総合 研究科社会環境生命科学専攻長寿社会医学・医療経済学担当で、主に疫学を教えてい る。医療経済学とは、主に疫学データを分析して、費用対効果、薬の治療の効果等を研 究する。これ迄、水俣病関西訴訟等にも参加し、岡山県の公衆衛生にも協力している。 (東京の)杉並病解明の公聴委で参考人として証言。肺癌の調査等の際に喫煙(との関 係)も分析した。塵肺と肺癌の関係も。文春の『21世紀に賭ける100人』にも選ばれてい る。この訴訟の為に提出した意見書は、(これ迄の主張に)疫学に関する誤解が散見さ れたので、疫学をいかにきちんと学んでもらうかに苦心した。国の方々が喫煙と肺癌の 因果関係を認めていない。それに厚生省の人も名を連ねている。厚生省は疫学を基に政 策を進めなければならないのに、最も古典的問題である喫煙と肺癌の関係について理解 していない。だから意見書に教材(問題集)を付けた。自分もこの教材を使っている。 意見書は疫学の概要と、喫煙とたばこ病の因果関係がどのように社会に認知されていっ たかについて書かれている。疫学の特徴は、医学上、推論する際に必要なことを定量的 に考える。 臨床医学だけでは因果関係を解明できない。病理学は臨床をミクロの視点で診断し、成 果を上げる。こちらも疫学的方法論に頼らなければならない。(意見書は)1977年のワ インダー論文を下敷きに疫学の成果を書いた。疫学の因果推論はベーコンから始まる。 ヒュームは「因果律は客観的には認められない」と言って衝撃を与えた。出来事が時間 的に前後して2つ起こり、前を原因、後を結果と考えるのは観念上のものではないか (客観ではない)と指摘した。これは明らかに間違っている。疫学の方法論はかなり出 来上がって来ている。コッホのコレラ菌の発見より以前に、英国では(疫学的推論によ り)コレラの死亡率の高い水道水を止めたりした。J・ロンスロー(疫学の父)、日本 海軍の脚気の予防等。1950年頃、喫煙と肺癌の症例対照研究が行なわれ、従来のコホー ト研究と相俟って理論的発達をした。1950年代初期は喫煙と肺癌の症例対照研究の成果 が、後期はコホート研究の成果が上がった。コホート研究は、初めに集団を曝露(病気 発生に関与すると考えられる危険因子にさらされること)の有る無しに分ける。症例対 照研究は病気の有る無しに分ける。コホートは曝露群・非曝露群の病気発生頻度の違い を見る。対象人数・期間・病気発生を特定する。差を比べるのには引き算(→率差)・ 割り算(→率比)をする。曝露群寄与危険度割合は、曝露しなくても病気になったであ ろう人(非喫煙者で肺癌になった人)を除き、喫煙しなければ肺癌にならなかったであ ろう人の割合を出す。病気の頻度を増加させる要因を「原因」と言う。JTは「喫煙者 と非喫煙者の肺癌が区別できなければ『喫煙で肺癌になった』と言えない」と言うが、 全ての疾患は非特異的でその区別は不可能。病理的に見ても区別はつかない。疫学の結 論としては、曝露・非曝露の差を比べるしかない。「(疫学は)集団の流行病の発生に は有効だが個人の因果関係(の特定)は無理」という疑問と打率との関係は、複数回の (打撃機会の)代わりに多くの人のデータを集める。科学一般に確率論的考えは浸透し ている。JTは「全ての問題が分からないと(原因は)解明できない。肺癌の細かい発 生メカニズムが分からないと因果関係は分からない」と言うが、具体例が無いと反論の しようがない。(食品衛生では、病因物質・原因食品・食品施設の3段階があるが)、 病因物質が不明でも対応はできる。コンピュータにより疫学の解析スピードは上がっ た。寄与危険度割合の精度は上がってきている。薬効と疫学の関係は、薬投与群と非投 与群を比較し、治った頻度を比べる。EBM(Evidence Basic Medicine=証拠に基づく 医学)の手法は、患者の診断を行なう時、どう対処するかの判断材料。従来は医者の経 験に基づきやっていた。EBMではデータを入れると該当する文献名が出てくる。品質 管理にも応用されている。喫煙と疾病の関係を調べてきたのは、米ワインダー、英ヒ ル。ワインダー&グラハムの論文(1950年・米)。1961年の「グレート・ディベート」 (ワインダーV.S.リトルの論争)で科学界が納得した。ワインダーが証拠を挙げて論じ たのに対し、リトルは判断の先送りを主張。JTの「まだ未解明の部分がある」の手法 と同じだ。62年、英王立医師会報告、64年、米公衆衛生総監報告が出た。喫煙とたばこ 病と関係の客観的・信頼に足る反論は出ていない。小細胞癌の寄与危険度割合は100%に 近い、という論文がある。 ◆JT=(山口弁護士は)どの部分を質問しているのか津田先生に示して下さい。そう でないと(津田先生が質問に)全部「その通り」と言っているように見える。 ◆津田=中島原告は40本吸っていた。病気の蓋然性は87〜96%。喫煙と喉頭癌の寄与危 険度割合は20倍とか。つまり100%に近い。肺気腫は97%だ。多くの医者は「喫煙しなけ れば(これらの病気に)ならなかった」と呟くだろう。原因はタールだけでなく喫煙。 「タールの発癌性は認めるけれど、因果関係は認めない」(JT答弁書)では済まされ ない。(JTの主張を裏づけるには)相対危険度が1前後で落ち着いていることが示さ れる必要がある。喫煙も非喫煙も変わらない、という証拠を出さない限りは駄目だ。 (JT注意表示の)「そこなう恐れがある」は食品衛生法では4条に相当する。回収命 令・営業停止の対象になる。4条2号「有毒・有害物質が含まれ、もしくはその疑いが ある時は……」では、病因物質が判明しなくても営業停止はある。JTは「焼肉のお焦 げや水道水にも発癌物質がある。有害だと言っては生活ができなくなる」と言うが、程 度による。定量的に確定するから疫学は意味がある。「振動検診の前は(影響があるの で)喫煙しない」等の取り決めがある。JTは「肺気腫は大気汚染等でも起きる」と言 うが、肺癌・肺気腫・慢性気管支炎の訴訟で、タバコが交絡要因として議論されなかっ たことはない。交絡要因を認めるということは、疫学を認めるということだ。塵肺訴訟 では国はタバコを交絡要因としている。病気には多要因がある、という前提で疫学は発 達している。JTが疫学に疑問を呈しているのは、専門家として何とも言いようがな い。JTは薬の開発もしているが、効く薬をどうやって判断しているのか心配だ[傍聴 笑]。92年の米環境保護局の平山批判の論文があるが、平山論文は大筋では揺るがな い。誤分類すると発生率は(むしろ)低くなる。JTは「動物実験で確立されていな い」と言うが、(動物実験の立証データは)十分ある。仮に無くても、疫学で十分な証 拠があればよい。ルンバール判決が因果関係を確定する上での一つの考え方。判決当時 は「高度の蓋然性」と曖昧な捉え方だったが、今は「曝露群寄与危険度割合」とはっき り示せるようになった。JTが「割合とは定量的な割合ではない。定性的なもの」と言 うのは自由だが、定量的方法がある以上、それに則るべきだ。 ◆山口=国(大蔵省・厚生省)が喫煙の危険を隠蔽しているのではないか? ◆津田=世の中、結果論で、日本の喫煙率は先進国に比べ倍以上、値段は半分以下だ。 情報があまりきちんと伝わっていない。周囲の人も漠然と「害がある」程度の認識だ。 先進諸国の喫煙に対する考え方はかなり厳しいものになっている。受動喫煙に対しても 厳しくなっている。能動喫煙と肺癌の関係を認めていない先進国はない。「裁判で喫煙 の因果関係が問題になっている」と聞いて、最初は受動喫煙のことかと思った。能動喫 煙は今、問題になっていない。世界と日本の認識には驚くべき落差がある。皆さん感覚 が麻痺している。疾病は発生があり流行があり、対策によって終息する。日本は流行が 上がりっ放しだ。米では肺癌の発生が下がってきている。若年者の喫煙が特に問題だ。 将来的にコストとしてはね返ってくる。皆さん危機感を持った方が良い。JTの「喫煙 増と喉頭癌増は比例していない」というグラフは、(以下の3点で問題がある)。1. 交絡要因 2.目盛りの取り方によって視覚的に印象が違う 3.発生率と死亡率は違 うのに、死亡率を問題にしている(死亡率は医療技術等によって違う)。個別データが たくさんあるのに、今更こんなグラフを証拠として出すのは疑問。エイズ薬害事件で (厚生省の)数年の優柔不断で500人余が死んだが、タバコは数十年の優柔不断で毎年何 万人も死んでおり、何人逮捕されるか分からない。健保組合の8~9割は赤字だが、医療費 の6~15%がタバコと関係している。若年喫煙率の上昇は危機的状態だ。さまざまな立場 はあろうが、決断を早急にしてもらいたい。日本の喫煙による超過死亡は毎年9万5千人 で、エイズと比べものにならない。わが国の経済発展の阻害要因になる。街なかに放置 してある自販機を、米からの旅行客は珍しいものとして写真に撮っている。パッケージ の表示も世界銀行レベルに変えた方が良い。それ以外の対策は価格を上げること。一番 の問題は内外の温度差だ。40年前に決着した知識を持っているかどうかで違う。今や対 策の時期だ。 <11:54 証人尋問終わり> ◆伊佐山=他の証人の申請も考えている。JTの社長とか。 ◆JT=(JTとしては)まだ十分主張をしていないので、1回弁論を入れてほしい。 JT社長の証人尋問には私どもは強く反対する[傍聴笑]。専門家の証人は一段落か? ◆伊佐山=まだ、何とも言えない。<12:03 閉廷> ■コホート研究=疾病発生要因を明らかにする目的で、人間集団を対象に行なう分析疫 学の一手法。疾病発生に関与すると考えられる危険因子の曝露を受けている集団と受け ていない集団を将来に向かって追跡し、調べようとする疾病の罹患率(または死亡率) を観察することにより、容疑要因の意義を明らかにしようとする疫学調査方法。記述疫 学・患者対照研究等のステップを踏んで有力な容疑要因が絞られた場合に、この手法を 用いることを考える。 ■アトリビュータブル・リスク(寄与危険)=危険因子に曝露された集団からの発生 (罹患・死亡)率と、曝露されない集団からの発生率との差。人口当たりの率で表わ す。この指標は危険因子への曝露により疾病異常の発生が単位人口当たりどれだけ増え たかを示す(相対危険)。従って危険因子が集団に与える影響の大きさを表わし、公衆 衛生上の問題の大きさを示す指標としての意味をもつ。この指標はコホート研究では直 接に計算できるが、患者対照研究では計算できない。 ■交絡因子=調べようとする危険因子以外の表面に出ない背景因子で、疾病の出現頻度 に影響を与えるもの。背景因子が交絡因子であるためには、分布が調べようとする危険 因子曝露群と非曝露群で異なり、その背景因子自体が結果に影響を与える、という2つ の条件を満足させなければならない。[以上、南山堂『医学大辞典』] ■食品衛生法・第4条=左に掲げる食品又は添加物はこれを販売し(不特定又は多数者 に授与する販売以外の場合を含む。以下同じ。)、又は販売の用に供するために採取 し、製造し、輸入し、加工し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない。 第2項=有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは附着し、又はこれらの疑いが あるもの。但し、人の健康を害う虞がない場合として厚生労働大臣が定める場合におい ては、この限りではない。